少し前に有名なバリスタが監修している珈琲屋さんでコーヒーを飲む機会があった。
しかし、正直なところ私が好きなコーヒーではなかった。
ただそのときの私は、その珈琲屋の問題だとは全く思えなかった。
おそらくどんなコーヒーが好きで、それをどう表現したらいいかを知らない己の無知ゆえの結果なのだと感じた。
それを機にコーヒーについても少し学んでみようと思った。
コーヒーとワインを混ぜ合わせて作るコーヒーワインや、コーヒーとワインをセットで扱っている小売りのお店、コーヒーとワインの嗜好品としての性質など様々な点でワインとコーヒーは関連している。
Contents
コーヒーの科学
『コーヒーの科学』という本がある。
この本は講談社のブルーバックスの中の一冊だ。
この本を読む前の私は、コーヒーが赤い果実のような実をつける木だなんて知らなかった。
ちょうどブドウがツル科の植物であるのを知らなかったようなものだ。
コーヒー豆は赤や黄色の果実の中にあり、その果肉の部分や豆の周りの粘質物(ムシラージと言うらしい)を湿式や乾式の精製機で取り除く。そして、そこから得られた生豆を焙煎、粉砕、抽出と行っていくのである。
このwebsiteの管理人の1人である、大坪誠も一時グリーンコーヒーをなんとか美味しく作れないかなどと言っていたが、このグリーンコーヒーを作るのが生豆である。
つまり生豆は私たちの知っている茶色のコーヒー豆ではなく、少し緑がかった色をしているのである。
とはいえこのあたりの話は科学というにはほど遠い。
ワインと絡めてという点も踏まえると、科学的に取り上げるべきトピックはやはり味わいと香り、あるいはそれらの生成源であろう。
コーヒーの味わい
コーヒーの基本となる味わいは言わずもがな「苦み」である。それと「酸味」、さらには「甘さ」(甘味ではなく甘さ)もあるらしい。
甘さは直接的な糖による甘味とは違う、 香りや後味などのによる甘い感覚というものらしい。
これらの味わいの多くは「焙煎」という工程によって生じる。
一方で、もっぱらカフェインが「苦み」の元であるように思われているが、このカフェインは「焙煎」の工程では量的な変化は見られない。
にも拘らず、焙煎度合いが強い深煎りでは苦みが増す。
これは主にクロロゲン酸とそれに誘因される化合物である、クロロゲン酸ラクトン類やビニルカテコールオリゴマー、あるいはそれのポリマーなどに起因するらしい。
また特にワインと比較して興味深かったのが、品種と焙煎度合いの関係性である。
ワインは多くの場合
「品種×産地」
という2軸で考えられることが多い。
同様にコーヒーノキにも品種という概念があり、接ぎ木をしてみたりハイブリッドを用いてみたりといったことが行われているのだが、それらの品種間の差は焙煎度合いの差ほど大きくはならないらしい。
もちろん栽培という側面で見れば、ハイブリッドなどの有効性はあるのだが、味わいという点でいえば、焙煎度合いを理解することが一番重要であるとのことで、ワインであれば初めに品種で好みを選定していくのに対し、コーヒーでは焙煎度合いで好みを選ぶのがいいとしている。
ワインで例えるなら、樽香が付きすぎて産地や品種がわからなくなるといったイメージだろうか。
この辺りの違いはやはり面白い。
またコーヒーにも発酵が関連していることも触れなければならないだろう。
コーヒーにおける発酵は、果実を生豆にする精製過程に関与してくる。
このときの発酵によって重要になるのはエステルなどの発酵臭と酸である。
このあたりを再現性高く、精製時の微生物叢の管理するという研究しているのも現在のコーヒーの科学のようである。
コーヒーとワインの香りの科学
さらにはコーヒーの香りの化合物もワインとの共通項がある。
2-フルフリルチオールという化学物質が焙煎によって増加する。
この化合物はコーヒーらしい香りを担っている一番重要な香りに化合物だそうだ。
こういうところでワインをやっている人はピンとくるだろう。
チオールである。
3MHなどは甲州でも注目されているチオール系化合物なので聞いたことがある方も多いのではなかろうか。
硫黄系の化合物である。
この2-フルフリルチオールは低濃度ではコーヒーやコーヒーキャンディー、高濃度で煙臭さやマッチを擦った香りがするらしい。
せっかくなのでコーヒー系の香りがするワインにも含まれているのでは?と思って調べたみたところ、ボルドーで研究をしていた有名な富永教授の論文に記載があった。
2-FTはアルコール含有モデル溶液の閾値が0.4ng/Lで、閾値としてはかなり低い。そして本研究では、ボルドー系品種であるメルローやカベルネなどのワインや南西地方の甘口ワインで検知されたのである。
古樽と新樽で作ったワインでの検出量が変わらなかったことから、樽以外のソースもあるのでは?といった論調ではあるが、基本的には樽をローストしたときのリグニンの分解によるものではないかと思われる。
というのもGoogle scholarで検索しても、この研究に続く研究がほとんどなく、結論らしい結論も現状ないのだろう。
この他にもピラジン類やケトンやアルデヒド類でも共通項がある。
メトキシピラジンは生豆に含まれているそうで、カメムシの食害による細菌汚染によるメトキシピラジンも問題になっているそうだ。
メトキシピラジンは、もちろんワインでもあまり好まれる香りではない。
青臭さや土臭さの原因物質の1つと言われている。
ケトン類もワインになじみの深い化合物が出てくる。
ジアセチルである。
これは乳酸菌の代謝産物でバターやナッツ様の香りを示す化合物であり、アルデヒドもイソ吉草酸アルデヒドが取り上げられており、これも酵母の代謝過程で産生される化合物である。
同様にフェノール類であるバニリンもワインや泡盛でも見られる香りの化合物であり、フラネオールなどのフラノン類もワインでも重要になってくる。
ワインでは特に、「フォクシー」という「ラブルスカ香」にフラネオールが寄与しているのは有名だろう。
さらにはモンテルペン類もコーヒーに含まれているのだというのだから驚きを隠せない。
このモノテルペン類は、ワインに於いては、リナロールやゲラニオールやシトロネオールなどのレモンからバラまで幅広い香りをもたらす化合物群である。
ワインの香りは複雑で難しいとよく思うのですが、それをも凌ぐ化合物の種類をコーヒーは持っているのだそうだ。
であればこの共通項の多さも納得せざる得ない。
少なくとも私は入り口を間違えたのには違いない。
門が前にあったのに裏口から入ったような気分だ。
今度は美味しく飲めるようになるためのコーヒーの入門書でも探してみようか。
嗜好品を巡る旅はまだまだ続く。
参考; Styger, G., Prior, B., & Bauer, F. F. (2011, September). Wine flavor and aroma. Journal of Industrial Microbiology and Biotechnology. https://doi.org/10.1007/s10295-011-1018-4
; Tominaga, T., Blanchard, L., Darriet, P., & Dubourdieu, D. (2000). A powerful aromatic volatile thiol, 2-furanmethanethiol, exhibiting roast coffee aroma in wines made from several Vitis vinifera grape varieties. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 48(5), 1799–1802. https://doi.org/10.1021/jf990660r
;コーヒーの科学 旦部幸博(講談社)
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