本とカフェ

鈴木敏文さんはセブンイレブンの父ともいえる方で、独自の経営理論が他の経営者とは一線を画すことで有名だそうだ。

そんな鈴木さんの経営哲学に触れている本書の特徴は何と言っても、金言という形で重要な項目がまとまっていることである。

その金言を見返せば、十分にこの本のエッセンスを見返すことになるだろう。

それらの金言や、本書の内容のなかで特に気になった点を3点挙げてみることにする。

時間軸と客観性

時間軸で物事を捉える。そのときに客観性を持つ。

いずれも特別なことではないのだが、私自身出来ていないと思うことが多く、苦手としていることである。

特に時間軸で物事を捉えるというのは、ある事象の原因と、それがどのように影響を及ぼすかというところまで考えなければならない。

それゆえ表層的なモノの見方では、時間軸を組み込むことができない。

ビジネスに於いては消費動向や、消費者心理に関して特に重要になる考え方のようである。

特に最近、60-70歳ぐらいの先生と言われる方々と話をする機会を頂いているのが、その思考の深さとバックグラウンドの広さにはただただ脱帽である。

常に表層から次表層へ、そして下層まで物事を落とし込みながら理解することで、あらゆる事象を根っこで繋げているのだろうと思う。

理解したつもりほど怖いものはない。

とりあえず過去から現在の流れを理解し、そして未来の予測をトレーニングとして行うために「株」をはじめてはどうかという結論に至った。

客観性に関しては、競馬なんかが思い出される。競馬をやっていたのはかなり前になるのだが、やっていた頃の経験上、どうも人間は自分に都合のいいデータを重視しがちになるということが分かった。


これは個人の問題というより、人間がそういう風に出来ていると思う方が自然である。これは脱経験思考やゼロベース思考などともつながってくるポイントである。

主観的な物事の捉え方は、自身の経験依存であることが多く、さらにはそこから納得しやすい理屈を生み出すこともあるだろう。

そういう意味でも、客観性を常に担保する、自分という存在を俯瞰する存在を自分に持つという鈴木さんの方法はかなり有用なのだろうと思う。

徹底した顧客心理とデータ

鈴木さんは脱経験思考とともに徹底的な顧客思考を唱えている。

「合理的」という単語1つでも、それが売り手にとっての合理的なのか、買い手にとって合理的なのかということを考える。

もっと心理的な部分に踏み込んだことも書いてある。

例えば、購買心理がどこからくるのかを徹底的に追及することで、売れ筋になる商品の販売の機会損失を防ぐとともに、商品の廃棄ロスを減らす。

近隣のイベントを把握し、その日の動向を仮説検証する。住宅街近くの店舗における運動会などのイベントは販売傾向を大きく変えるのだそうだ。

あるいは客層や販売単価、単品管理による「データ」を活きたデータにするための仮説検証も怠らない。

また世間というマクロな動き、心理からも目を離さない。

この例としては、「不景気で財布の紐が堅い」という事象が疑似相関のようなものだと一蹴していることが挙げられる。

この事象は、単純に顧客が欲しい商品がなくなってきただけであるということを他責にしているにすぎないと言う。

マクロを分解してもミクロにはならないし、ミクロを多く集めてもマクロにはならない。

そのためしっかりとこの両側面のバランスを取りながら、トレンドを読み切る必要がある。

またデータ分析に関連した部分で個人的に興味深かったのは、分子と分母を考えるということである。

25℃という気温が夏に於いては涼しく感じられ、冬に於いては暖かく感じられる。

つまり「夏」を分母にするか「冬」を分母にするかで顧客が感じる商品の価値が変わる。
コンビニのおでんの台頭はそこに着目したものだろう。

ここで1つだけ簡単なクイズを出しておく。

「完売」を分子に、「売り手」を分母にしたときの感情と「買い手」を分母にしたときの感情の違いはどのようなものになるだろうか。

問題自体は難しくはないだろうが、こういった発想の転換にも使えるのがこの思考法である。

また、もし答えがピンと来なかったらぜひ本書を手に取るべきである。

人というリソース

鈴木さんの経営観は会議にも表れている。

各地方に散らばっているオーナーに助言するような役回りであるOCF(オペレーション・フィールド・カウンセラー)という役職から地域のマネージャーなど数千名を毎週東京に集めて会議をするのである。

この「ダイレクトコミュニケーションと人」を根幹だと考える経営観は、現代の価値観では否定的に捉えられがちだが、そこを敢えて行うことがセブンイレブン系列の強さの根幹となっている。

またそれらの会議でも鈴木さんは、顧客の代弁者という立ち位置を取るそうだ。ここも経営観の表れだと言えるだろう。

そしてその立場から、コミュニケーションの大切さ、顧客ロイヤルティなど経営のイロハを説き続け、様々なポジションの人に同じレベル感での情報共有を促す。

人やコミュニケーションを重視した経営を唱える会社は数あれど、ここまで愚直に大掛かりなダイレクトコミュニケーションを行い続けているのは執念とすら言えるだろう。

心理学、顧客目線、ゼロベース、脱経験思考、統計とデータなど様々な経営哲学を毎週のように落とし込まれたセブンイレブングループ。

数多くの大企業が傾き始め、セブンイレブンもセブン銀行の脆弱性などが問題になってきている。

その中で生き残っていくのだとすれば、それは鈴木さんによって埋め込まれた、個々の仮説検証能力、当事者意識、フラットな組織といった文化そのものが時代を越えて普遍的なものであるという1つの証左になるだろう。

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